弁護士の過払い金トラブル

NHKで『追跡A to Z 急増する弁護士トラブル』を見ました。
http://www.nhk.or.jp/tsuiseki/file/list/100904.html
でも、「え、これで終わり?」だったので、もやもやしたことを整理してみます。


まず、過払い金返還って何?

最近増えている弁護士トラブルの一つ、「過払い金返還トラブル」。番組の中でも、北海道に住んでいる多重債務者が、なぜか東京の(笑)弁護士事務所に借金整理を依頼します(やはり全国区のテレビCMを見たとか?)

※ここから先は、東洋経済 2010/5/22号『弁護士超活用法』 で調べた内容が入っています。

まず、「過払い金」というのは、2006年1月に最高裁の判決で生まれたものです。借金のうち「グレーゾーン金利」と呼ばれていた部分の利息を否定する判決です。宮部みゆきの『火車』や、番組にも登場した宇都宮健児弁護士たちが、苦労の末に勝ち取ったものです。『火車』のヒロイン一家の、借金の末に夜逃げ、自殺、女性の身売りといった描写を読めば、この判決自体は借金に苦しんでいる人々のためになるものだったと思うでしょう。

火車 (新潮文庫)

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さて、そこで高い金利でお金を借り、返済をしてきた人たちは、否定された「グレーゾーン金利の利息」の分、払いすぎていたお金を取り戻せることになりました。これがいわゆる「過払い金返還」です。「過払い金返還」の手続きは普通は弁護士か司法書士に頼みます(自分でもできるそうです)。その場合、取り戻したお金の一部が報酬として弁護士や司法書士に支払われます。

よーーく考えてみてください。弁護士の報酬は、基本的には成功報酬です。しかし、通常の訴訟は、勝つほうもいれば負けるほうもいます。ところが、「過払い金返還」は、ほぼ必ず勝つ案件なのです。最高裁が「グレーゾーン金利の利息は認めない」という判決をすでに下しているからです。弁護士や司法書士たちは、ルーチンワークの訴訟さえすれば半自動的に手数料が入ってくるのです。

これこそが業界の特需、「過払い金バブル」!!

その結果、「過払い金返還」だけを専門に扱う、大量の弁護士事務所が生まれました(業界内では『業者』と呼ばれているそうです)。消費者金融は、これはたまらんというわけで、金利を引き下げました。それでも過去の大量の過払い利息返還があります。「総量規制」という借金の総額を制限する法律もでき、大手でも潰れるのは時間の問題と言われています。


・ なぜ、電車の中にあれほどたくさんの弁護士事務所の広告があるのか。
・ なぜ、それらは、ことごとく「借金相談」なのか。
・ 最近は「過払い金返還が曲がり角に来ています」とか「明日ではもう遅いかもしれません」とあおっているのか。


これで、すべて分かるような気がしませんか? つまり、「過払い金返還」は業界にとって、非常に儲かる上にリスクの低いビジネスだったのです。だった、と過去形で言うのは、もう美味しい「草」は大都市圏ではほぼ刈り尽くされてしまったからです。そして、消費者金融が潰れて「明日では遅く」なる前に、最後の優良顧客―――昔から借金をしていて、たくさん過払い金を持っていそうな顧客を、全国テレビCMなどで、根こそぎ刈り取ってやろうと、やっきになっているということです。


過払い金トラブルの内容

■1.大手の消費者金融などへの借金しか整理してくれない

過払い金は「請求すれば返ってくるもの」と書きました。しかし、実際はそれほど単純ではないようです。

アコムやプロミスなど大手の消費者金融は、法令順守という側面や、社会的なイメージもあり、比較的、従順に過払い金返還に応じてきました。もちろん、これから「過払い金を返せば(会社自体が)潰れる」という状態になっていくので、もっともっと出し渋るようになると思われます。それでも「闇金」よりはましでしょう。名前を変え、住所を変え、時にはやくざとつながっている闇金業者から過払い金返還を受け取るのは、想像するだけで大変です。

したがって、テレビCMや電車内広告を打つ専業法律事務所の中には(もちろんそこだけではありませんが確率的には)、過払い金を素直に返してくれるところの借金だけ整理して、放り出すところがあるようです。つまり、簡単なところだけ整理して、「うちの仕事は終わりました、あとのたちの悪い借金は自分で何とかしてください」というわけです。もちろん普通の人に何とかできるわけはないので、悪徳業者の法律事務所を訴えるか(普通は訴えてもらちがあきませんが)、良心的な弁護士に泣きつくか、あるいは、いわゆる『火車』の世界になることと思われます。

■2.実は弁護士や司法書士ではなく、アルバイトが対応

過払い金返還はわりとルーチンワークなので、弁護士や司法書士がすべき仕事までアルバイトで対応している事務所があります。借金整理の専業法律事務所が最盛期のころは、弁護士1人にアルバイト20人、面談も過払い金返還請求も全部アルバイト、という事務所もあったそうです(戒告や業務停止されたりして、名前を変えたところもあります)。こういうところは人件費ではなく、テレビCMや電車内広告にお金をかけているので、一見「よい法律事務所」のように見えます。
もっとも、これ自体は、処理がスムーズにすめば消費者にとっては問題にはならないかもしれません。しかし、こういった事務所に頼むとトラブルが起こる確率は上がるでしょう。

■3.消費者金融と結託して委託料を稼ぐ、または、高額の手数料を取る

昨日の番組でもやっていたように、「いい弁護士を紹介するので、借金を整理しましょう」と話を持ちかけた委託会社が、実は弁護士とぐるで、高い紹介料を取るというものです(これは弁護士法違反らしい)。また、弁護士報酬は自由化されたので、「メールだけで解決」「スピード重視で対応」などの理由で、他よりもやけに高い手数料を取る場合があります。この場合は、正しく理解して、納得しているなら問題ありませんが、1.2.のような事務所には要注意です。

どちらにしろ、過払い金返還がどれほど儲かるビジネスで、儲けたい人々が虎視眈々と狙っている、ということを事前に知っておかなければ、裏をかかれる可能性があります。

■4.預かり金を横領

いつまでも返還請求を行ってくれなかったり、返還された過払い金を渡してくれないというトラブルです。

ただし、返還されたお金をいったん弁護士の口座に振り込むのはやむをえないことだそうです。借金をする人というのは、現実的に、借金をしていない人と比べて金銭感覚がおかしいことが多いので、お金があると派手に使ってしまったり、それまで親身になって過払い金返還請求に協力してくれていたよい弁護士や司法書士であっても「手数料を払いたくない」と言い出す場合が多いからです。もちろん、ほとんどの弁護士事務所は預かり金を正しく返還しています。


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こうして見てみると、もし私が借金をしていたら、テレビCMや電車内広告を出しているような事務所、たとえば「M○RAIMO(旧名ホームロイヤーズ)」や「IT○法律事務所」や「アディー○法律事務所」には、たぶん絶対行かないでしょう(笑)。トラブルが発生する確率が高くなりそうです。

自治体では、定期的に無料の法律相談会をやっているみたいですよ? そういった相談会の担当者は、地域の弁護士の良い評判や悪い噂を知っているかもしれません。戒告や業務停止、懲戒を受けた弁護士は、官報や個人のネットで公開されています。法律サービスは「ケースバイケース」なので、ある人がうまくいったからといって別の人もうまくいくとは限らないと思いますが、ネットのクチコミも一応チェックしたほうがいいかもしれません。

やはり、金額が大きく、長引きそうな案件なら、2、3の法律事務所を回って、弁護士との相性を見たり見積もりをとることも必要ではと思います(家をリフォームするときなんかは当然そうしますよね?) 


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そもそも論ですが、弁護士の数を劇的に増やしたのは、「専門家による自治」よりも、「市場による淘汰」のほうが有効だ、という信念があったからです。
「市場による淘汰」。
つまり、私たちが、かしこい消費者にならなければならないのです。

規制緩和して自由化さえすれば、質の悪い悪徳弁護士が増えても、「市場が淘汰してくれる」。ひと昔前流行った、市場主義万歳神話です。だから本当は、弁護士会に期待するのは間違っているのです。そもそも「専門家(=弁護士会)による自治」では物足りなかったから自由化したんでしょう? 今さら「専門家の自治が足りない」なんて、テレビよ、甘いことを言ってはいけません。

かしこい人、情報収集をする人、コネのある人、お金のある人だけが、優秀な弁護士を雇うことができ、頭が悪かったり、よく調べなかったり、貧しくて、質の悪い弁護士にあたってしまう消費者は「自己責任」である、そんな時代に日本全体が向かっているのです。


そこの掘り下げが、NHKの番組では、中途半端だったように思います。