『終身刑の死角』(河合幹雄)

終身刑の死角 (新書y)

終身刑の死角 (新書y)

データと詳しい実情にもとづいて、日本の刑務所、受刑者、被害者の事情について教えてくれるレベルの高い新書。

これと、最近読んだ『産科医療崩壊』(軸丸康子)のように、分かりやすいけど読み応えがあるものは、「よい新書」と呼んでいます(笑)。

簡単にいうと、裁判員に死刑を決断させるのは荷が重すぎるだろうという配慮(?)のために、「仮釈放なしの終身刑」を導入しようという案は、熟考されておらず問題が多い・・・という本。

刑務所の歴史的経緯も、現在の状況も、現実の受刑者の姿も理解していないし、
刑務所の"究極の福祉施設化"による国民の負担も議論されていない。

著者の意見に同意するかどうかはともかく、専門家はみんな、こうやって実際の数字をちゃんと出して、感情的にならず、いろいろな側面から考え抜いて、議論してくれればいいのにと思った。

以下は、「へえ〜」と思ったところのメモ。

法律の「最短」とは例外中の例外のこと


少年法では最短七年で仮釈放、十年で刑の停止が「法律上は」ありうる。しかし、これを取り上げて刑が甘いと騒ぐ人は、法律というものを「全く理解していない」。法律の最短とは例外中の例外のこと。特殊な事情が重なり合ったときの場合を想定しているのであって、現実にはほぼありえない。
実際にはどうかというと、少年犯罪で無期となった場合の早期出所の例は、最短で十二年というケースがあるが相当古い事例。五十五年以上収容されている少年事件の無期刑囚も一人いる。


仮釈放はすでに現在、ほとんど行われていない


少しずつ減り続けて、2007年はわずか「3人」(p.112)。そのうち2人は、以前仮釈放をしたことがあり、取り消されて再び服役してまた仮釈放になった人。今は、新規の仮釈放はほとんど行われていない。
長い間刑務所にいると(2007年で平均年数31年とか)、社会環境は激変、本人は年を取って体力・社会適応力が落ちているので、受け入れられる家族や環境がある程度整っていなければ、現実的には仮釈放なんてさせられない。実際、海外では釈放の前に絶望して自殺してしまう受刑者も多いらしい。

また、「限りなく死刑に近いが証拠不十分で無期刑」という無期刑の場合は、仮釈放になることはまずないらしい。仮釈放時の審査がある。もちろん今はそれがなくても、ほとんど仮釈放はないわけだが・・・。


日本の殺人事件では、「被害者の遺族」=「加害者の家族」が多い


日本の殺人事件では、加害者と被害者の関係は、親族が57.2%と最も多く(p.155)、残りも友人・知人(18.9%)が多い。 よく小説や週刊誌の題材になる、まったく加害者と関係のない「被害者」もいるが、これは少数派というよりレアケースで、むしろ「被害者の遺族」=「加害者の家族」が実は多いらしい。これは初めて知ったので、ちょっとびっくり。マスコミの報道はレアケースに偏りすぎだと思う。

死刑反対の問題は、信念に直結することもあり難しい。

仏教徒の法相もいたし、スピリチュアルでは人が生まれ変わることになっているから、「すぐ死刑にしてしまうとその人の魂の学びにならない。すぐ生まれ変わってしまうから。」などということもある。

でも現実的に、死刑も仮釈放も廃止したら、大量の囚人が、究極の福祉施設としての刑務所に押し寄せて、機械でオートメーション化された寒々しい刑務所をつくらないといけないかもしれない。
それで本当にいいのかっていうことと、その分の税金の負担は、きちんと議論が必要なんだなと思いました。